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第5話 『おかえり』の手紙

last update Date de publication: 2026-09-01 06:00:11

「相沢さん」

 顔を上げると、瓢社長が立っていた。

「今夜はここに泊まらない方がいいです」

「でも……」

「こちらでホテルを取ります」

「そんな。そこまでしていただくわけには……」

「では、どこか頼れる場所がありますか?」

「…………」

 言葉に詰まった。

 私に両親はいない。だからといって離婚した夫を頼るなんて、あり得ない。

 すぐに泊めてもらえるような親戚もいない。

「ありません」

「だったら決まりです」

「でも、ホテル代まで社長に出していただくわけには……」

「会社で出します」

「会社?」

「社宅で起きたことです。防犯上の問題がなかったかも含めて確認します」

 よどみなく答える。私が負担に思わないように気を使ってくれているんだろう。

 いかにも経営者らしい、合理的な説明だった。

「ママぁ」

 陽奈の声がした。

「これなあに?」

「え?」

 陽奈が私の所に白い封筒を持ってきた。

「どこにあったの?」

「えっとね、たからばこのなか」

「……」

 なんだろう、胸騒ぎがする。こんな封筒はたぶん、なかった。

 見たことない。

 これ、開けてもいいのかな。

「相沢さん、もしかしたら逃げた犯人が置いて行ったものかもしれません、警察に依頼しましょう」

 社長が警察官に話をしてくれたので、彼に封筒を託した。

 封はされていなかったので、中を開ける。

 一枚の紙が収められていた。

 そこに印刷されていた文字を見て、息が止まった。

 『おかえり』

「…………」

 目の前が真っ暗になった。

 間違いない。

 空き巣じゃない。

 私を知っている。

 私を狙っている。

 さっき、これを仕込んでいたんだ――

 なぜ?

 どうして半年も早いの?

「相沢さん?」

「知ってます」

 声が震える。

「え?」

「私……知っています」

 しまった!

 瓢社長が眉を寄せた。

「知っているとは?」

「い、いえ……」

 どう説明すればいい?

 半年前に戻ってきた。

 前の人生で私は、ストーカー男に殺された。

 そんなことを言って信じてもらえるはずがない。

「以前にも、似たようなことがあったという意味です」

「以前にも?」

 瓢社長の声が低くなる。「どうして誰にも相談しなかったんですか」

「それは……」

「警察には?」

「相談したのは、今回が初めてです」

「会社にも言っていませんよね?」

「……はい」

 瓢社長の顔から、表情が消えた。

 怒っている。でも私に怒っているというより――。

「こんな問題を、一人で抱えていたんですか」

「…………」

「お子さんもいるのに?」

 胸が痛くなった。

「すみません……」

「謝ってほしいわけじゃないんです」

 いつもの瓢社長より、ずっと強い声だった。

 けれど次の瞬間、その声が柔らかくなった。

「怖かったでしょう」

「…………!」

 その一言で張りつめていた何かが切れた。

「……怖いです」

 やっと言えた。

「すごく……怖いです……」

 死にたくない。

 もう一度殺されるのが怖い。

「陽奈に何かされたらって思うと……」

 声が詰まる。

 すると瓢社長は私の前に立った。

「大丈夫です」

「でも……」

「少なくとも、今夜は僕がいます」

 僕がいます――その言葉が不思議なくらい心強かった。

 前の人生では誰にも頼れなかった。

 一人で怯えて。

 一人で死んだ。

 でも今は――……

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